創ちゃんねる〜GID版〜

青森にて細々活動中、30代になってやっとFTMTG(らしいよ)と自覚した、創の治療記録です♪
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ジェンダー変更と仕事、起業
地元の大学病院でのカウンセリング後、
一般的な診断書(国内ガイドライン上は不足)と紹介状をもらい、
地元の産婦人科にてホルモン注射による治療を開始する。

2ヵ月目には生理が止まり、3ヵ月目あたりから声がかすれてくる。 
体つきも男性的になってきて、女性として仕事を続けるのは難しくなってきた。 
ちょうど仕事の雇用契約も更新の時期だったので、
更新しないで退職したい旨を事前に申し出。 
取引先などがどう思うかも心配だったし、会社には迷惑をかけたくなかった。 

退職後は家業に関係する不動産屋(宅地建物取引業)を始めるため、起業準備に。
この時僕は、SRSまではまだ考えておらず、 戸籍は女性のままだったので、
どこかに勤めることに面倒を感じていたこともあり、 独立起業することにしたのだけど、 
僕の場合は何も自分自身に技術がないため、実家から仕事がもらえる事業を選んだ。
だから、やりたくて業種を選んだと言うよりは、
何とか起業できそうな業種を選んだという感じ。

昔勤めていた会社の社長にカミングアウトした時に、
それだと夜の仕事しかないだろうから、黙っていた方がいいと言われたことがあり、 
その言葉が逆に自分を「そんなことはないと証明してみせる!」という気持ちにさせている。 

今現在、起業して3年目だが、きついな〜と思うことは多々ある。 
正直僕のような性格だと、おとなしく勤めている方が稼げる。 
でも今は下積みの時期であり、地道に「自分の仕事」を積み上げていくしかないと感じている。
仕事の飲み会でも、何かと戸惑うことが多く未だに慣れない。
今まで男性としてそうした飲み会に出たことがないので、話題から立ち居振る舞いまで全くわからない。
同窓会などではないし、初めての業界なので、友達もいない。 
経験してこなかったことがこんなにやりづらいとは、想像以上だった。 
僕はあくまでもFTMであって、男性そのものではないと感じることが多い。 
女性が多い飲み会であればかえってなじめるものが、この業界の飲み会はほぼ男性のみだ。 

慣れなければと無理をして出席することもあったが、
最近は、自分に向いている参加の仕方もあるのかもしれないと模索している。

FTMであることが、自分の仕事に活かせるようになると信じているし、 
幸せであるためには、そうしなければならないのだと思う。

仕事とは生活のために必ず必要だが、僕にとっては手段であり、
仕事がそのまま幸せになるというよりは、幸せになるように仕事を自分の生き方に合わせるものだ。

自分らしく生きようと決めた時に、僕がしたのは多分、 
失敗をしないことではなく、失敗をした時は潔くやり直す覚悟だ。

| | 自分史 | 19:01 | comments(0) | trackbacks(0) | -
現在
警備員や工場の作業員をして暮らしていたが、両親の病気や怪我をきっかけに地元へ戻る。
男の格好をして女声な自分に対して視線を感じることが増える。気のせいかもしれないけど。

地元でゲットした彼女や新しく知り合った友人に、自分がトランスであることを認めてもらえて、「自分はトランスジェンダーです」と言えるようになる。
自覚したら、女子トイレに入るのに抵抗を感じるようになる。

臨時事務の仕事で初めて内勤を経験するが、女性として就業することに耐えがたく、次の面接先では最初から「性同一性障害みたいな感じ」とカミングアウトする。運よく雇ってもらえる。
治療は考えていないために、服装だけ男性ものを着させてもらえるようお願いし、名前や書類上の性別、使用するトイレについては戸籍性で就業。
対外的に紹介される時も女性として紹介されることになる。が、それは慣れていたので承諾。

自分が将来するつもりの業界へ転職を考えるも、接客営業職のため戸籍性以外の正装で就業することは困難と感じ、どうしても踏ん切りがつかず、密かに悩んでいた。
ある日、数年前からホルモン治療をしているFTMさんと会い、普通の男性に見えてびっくり。
声の差を実感し、自分が自分の声に劣等感を持っていることに気付く。
彼女に、あなたのしたいようにしていいんだよ、と言われて泣く。

別のFTMさんに転職の悩みなどを打ち明けると、カウンセリングに行くべきとすすめられる。
それまで周囲のことや嫌われるのが怖くて、自分がGIDであると思わないようにしてきたと思う。
けれど自分の望む生活スタイルが男性であることを再確認したため、カウンセリングから治療を始めることを決意。
彼女や両親、一部の兄弟、友人に打ち明け、カウンセリング開始。

現在に至る。
| | 自分史 | 21:22 | comments(0) | trackbacks(0) | -
大学〜社会人
大学の入学式は女性用のスーツで参加するも、あまりに落ち着かず記憶が曖昧。
私服はほぼメンズに。
1年の時に何を思ったか母に要求の手紙。子宮摘出したい話。多分、自分の身体を捨てたい気持ちの根源が子宮卵巣だと思ったに違いない。
許可もらえず。うまく説明もできないので、諦める。

告白してくれた男性と恋愛してみようともするが、性的な関係を持つ以前にアタマが冷めてしまい、愛しいとも思えず断念。

ある日、埼玉医科大学による初の性同一性障害の人への性別適合手術に関する記事を新聞で読み、いざとなれば自分も、と病院名を記憶。
後に、半ば衝動的に高速夜行バスで埼玉医科大のジェンダークリニックを訪ねるが、外来の診療がない日で診察できず。
宿泊させてもらった友人にも治療を止められ、自信が無くなり帰宅。そのまま治療断念。自分はGIDではないと思うように。

その後インターネットを始めて、恋人ができて神奈川・東京方面へ。
トランスジェンダーという言葉を知るなどしたが、トランスセクシュアルの人に「おまえはトランスじゃない、レズビアンだ」と言われたりして、
自分の性別への嫌悪や違和感は気のせいなのかもしれないと思い込みを強め、一切クリニックなどは受診せずに過ごす。

| | 自分史 | 19:57 | comments(0) | trackbacks(0) | -
中学校〜高校
中学の制服はスカートだったが、制服なのであきらめてはいていた。
ストッキングが大嫌いで冬でも滅多にはかなかった。

中学に入ってからは、気になるのは女の子ばかり。
本当の自分の夢は、奥さんをもらって家庭を持って、という未来だった。他の夢はいつでも捨てられそうだなと思っていた。
そんなの実現不可能と思っていたし、自分は異常だと思っていたので、誰にも言わなかった。

高校に入って恋愛体験をしたり、親友にカミングアウトするものの、自分が自分の身体に対して嫌悪を持っていることは自覚しきれていなかった。

修学旅行や合宿のお風呂の記憶がほぼない。多分カラスの行水かなんか理由つけて入らないか。
下着はやむを得ず女性もの。でも買いに行くの嫌でぼろぼろに。

中学から高校という生活で、制服のスカートや女子トイレで列に並ぶこと、身体測定、女子扱いに対応できるようになった。
自分の焦りや見られたくない・知られたくない気持ちが「ただの恥ずかしがり」だと思っていたので、開き直れと言い聞かせ平気なふりをしていた。
生理痛が悪化し、授業が受けられなくなるので、これも開き直って言うようになる。

一方、男子とあまり会話できなくなる。
変に緊張したり、話した後で落ち込む感じがあった。今考えてみると「劣等感」。
| | 自分史 | 19:24 | comments(0) | trackbacks(0) | -
保育園〜小学校
保育園の頃から、身体を見られたり、身体のラインが出る服とか着るのが嫌だった。
裸でプールとかタイツでダンスとかやらされると、頭が真っ白に。
でもやらなきゃいけないことはやる子だった。
一つ上のクラスに気になる女の子がいた。が、子供なのですぐ忘れた。

小学校の入学式は、たしかかなり嫌だと反抗したものの、押し切れずスカート(ワンピース)に。
式の記憶はなし。
1〜2年生の頃、保育園時代のアルバムを見て、おかっぱでかわいらしく写っている自分が気持ち悪くてアルバムを捨てる。
3年生くらいで初めて髪をショートに。嬉しかったのに、お店で「僕」と呼ばれ何故か急に恥ずかしくなり、反動で逆にのばしてみる。が、邪魔なのでやめる。
5年生くらいからは髪はショートが定番に。服も母がかわいいものを買ってきても着ないので、売り場で「好きな服を選んできなさい」みたいに。
でもあまりにも男の子っぽい服を持っていくと母が嫌な顔をするので、女児服のキュロットやズボン、トレーナーを選ぶ。
プールの時間は仮病などで極力見学した。着替えはいつもひたすら身体を隠すので一番遅い。

自分の身体が女の子だという認識ははっきりしていたので、いつかアレが生えてくる、と思ったことはない。目が覚めたら生えてたらいいのに、くらい。
だから二次性徴の説明で女の子ばかり集められた時は、最悪の気分で嫌な汗をかいたけど、仕方ないと思っていた。それでも、こなきゃいいのに、と思っていた。
残念ながら5年生くらいから順調に二次性徴が始まる。誰にも知られたくなかった。
身体を見られたくない度がアップ。

3年生の頃、好きになった人は男の子。
5年生以降は女の子。

卒業式はズボンとトレーナーで出た。それはそれで浮いていて恥ずかしかった。
男の子の正装が羨ましかった。
| | 自分史 | 18:36 | comments(0) | trackbacks(0) | -
遊び。
小さい頃は、○○レンジャーとか仮面ライダーシリーズが好きで、
誕生日に買ってもらうおもちゃも合体とか変形できるロボットとか。

保育園ではブロックや積み木で遊ぶ。

小学校からは野球とサッカーが好きに。
野球はキャッチボールする相手がいなくて、一人で車庫の壁にボール投げてた。
壁が壊れるって叱られ、それも思うようにできなくなった。
甲子園行きたかった。
サッカーはキャプテン翼の影響。
休み時間によく同級生(♀)とパス回ししたり。
中学に上がるとJリーグブームで男子がみんなサッカーを始める。
体力差が出てきて太刀打ちできずつまらないのでやめる。

割と一人で遊ぶ子だったかも。
| | 自分史 | 03:28 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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